いつかの日

 
 
夜も更けて、静かだろうと外に出た。雨は降っていないけれど、雨の匂いだけした。こういうことを話す人もいなく、淋しくなって、それからまた淋しくなった。町をフラリと行こう。なんとなくそう思った。
 
 
僕の予想はおおかた外れて、またこの時も外れた。
人がおおい。数、というより量だった。
大きいなにかだった。
雑踏、赤いライト、人、会社の悪口、狭い路地、観光客、大学生。
なぜか、他人の話を聞くときの倦怠感と小さい愛を同時に感じた。
そういう感傷を無視するには、この場所はあまりにも僕に寄り添いすぎる。
冬の凛とした冷たさに笑い声が混ざる、電球の光でできた下町はそれでも不思議に暖かかった。
みんな確かに生きていた。
僕以外もちゃんと生きていた。
そして、生きているのに、それもぼくにとっては量でしかなくて、悲しくなる。
 
 
道は人と人とが近い。
喧騒、赤いライト、食べものの甘い匂い、乾いたコンクリートの匂い。
そういうものが僕の存在を確実に踏みつけた。
人、人の息遣い、また人。
 
 
 
疲れてきて不意に泣きたくなった。
道の端、立ち止まると、涙はこころいっぱいに広がって、落ちてこない。それでも僕は泣いています。
 
ああ、僕はひとりだなあ。
この町で僕はなにもかも一人だった。
 
 
考えたくない、ごまかしてきたところに、町はスルリと入ってきた。
わかってるんでしょ?僕に話しかける。 
 
わかってるんでしょ?フリをするのもいいけど、もうキミも大人なんだ。わかってる?ほんとに?ウソ、絶対ウソ。わかってないよ、だってわかってないのがキミなんだもん。
 
 
町は僕にずっとそんな質問をした。
 
 
吐きそうなぐらい実感があった。
こんなにも人は多くて世界は広くてみんなちゃんと生きていて、そして、僕もそんな普通の人。そんなことは知りたくもない。
耐えられなくグロテスク、ぼくもそういう中の一人なのだ。普通なんだ。
ああ、泣きたくなります、泣きたくなります。でも、こんなこと誰にも言えやしない。
 
 
 
明かりと、暗闇のあいだを僕はまた歩いた。
自分と自分じゃない場所の境を必死に探したけれど、もうそんなのはどこにもなくて、ぼくはそれでも一人だった。