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翻訳をして。

 

 

 ぼくのような凡人は、どんどん坂を転がってしまうと、一年前に書いた気がします。それについて、すこしだけ進展と晴れやかな気持ちを手に入れたので、おしらせします。

 バカみたいに同じ場所をぐるぐる回っていると、自分に嫌気がさすばかりでなにも変わらないので、一念発起してずっとやってみたかったひどくめんどくさい作業をすることにしました。
翻訳です。去年の2月にぼくは『ティファニーで朝食を』についてすこし書いています。原文でも読みたいんですけど、あえなく断念、と。

 それから一年が過ぎ、なにも変わらず将来へのただぼんやりとした不安が募るばかりで、これではいかんと(本当はもっと消極的な気持ちでしたが!)アマゾンで本を取り寄せ、原文を読むついでに訳に取り掛かりました。文体はそこまでむずかしくなく、やや柔らかいとさえ思えるほどで、ですが訳は非常に手間取りました。というのも、ぼくが全体の助言をいただいたネイティブの一言がかなりの重さとなったからです。「カポーティの文章はね、思わず読み上げたくなるんだよ」このせいで、文章の句切れやその他もろもろを原文とは少々離れたものにしなくてはならなくなりました。

 

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 きつい作業でした。たしか1月初めから作業を始めて、今日、終わりました。昨日からスパートをかけて、まだ全文を校訂してはもらってないけど、とりあえず一冊となって完成しました。ニンマリしました。このごろはやることの多さと、その全てが机に向かってああでもないこうでもないと唸る作業だったので、かなり大変な日程でした。村上春樹は高校生の時カポーティを読んでいますが、ぼくから言わせるとアタマの出来が違います。育った環境をここまで呪ったのは久しぶりです。ぼくは高校のころ、鼻くそほじって怠惰に過ごしてました。人間遅すぎることはないらしいですが、早いに越したことはありません。

 正直体力勝負で、機械のように単語をめくり、機械のように翻訳していたので、「そういう類」の本をつくるという過程で出る神秘的なものはほとんど存在していませんでした。またあったとしてもそれは後々に気づくことであり、向かっている最中は意識をしないものでした。


 難しいところ、原文の読み込みは村上春樹氏の翻訳を参考にしました。ほんとはこういうことしたらダメだと思うんですけど、素人なので勘弁してください。どう言っていいのかよくわからないけど、ありがとうございました。
 村上春樹氏のことは嫌いというか、好きではないですけど、訳は見事でした。リスペクトと丹念さを合わせた素晴らしいものだと思います。嫌いというのは、まあ悔しいから嫌いなのであって、尊敬はしています。

この本を終えて、二冊ノートが単語で埋まり、一冊のノートが訳の下書きに埋まりました。

 

translated by okinakya
 この文字を堂々とかけただけで今は満足です。
 辛かったけど、たのしかった。在学中打ち込んだことは?と聞かれたら、これといえるぐらいは、満足しています。

Breakfast at Tiffany's

Breakfast at Tiffany's

 

  

ティファニーで朝食を (新潮文庫)

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