冷めたコーヒーへの解答 ニ「冷めないようにすること」

「冷めないようにすること」

  僕は冷めたコーヒーに、それでも幸せを求めている。冷めたら絶対に終わり? そんなあんまりに不条理じゃないか。始まりと終わりがあるもの……例えば恋になぞらえたとして、冷めても格好の悪い執着だけは残していく。本当はまだ好きなんだよ。僕は求めること、執着することを認めて欲しいのかもしれない。何かにすがりついていること。その状態で幸せになれると信じること。

  スガシカオのコーヒーという歌のこんな歌詞ーーもうたくさんだよ 愛なんて言葉 まともに使えたことない 冷めたコーヒーみたいに 苦味だけが残った ”ずっと今でも君のこと“ その後に続く言葉は いくら探しても 僕には見つけられないんだーー冷めたコーヒーは停滞の象徴。でも僕はそんななかでも、幸せを感じてみたい。

 

 コーヒーが冷めないようにすることは、簡単だ。いつまでたっても温かく、初めての気持ちでいられるようなそんなコーヒーは魅力的かもしれない。いつかの喫茶店の各テーブルには、カチリとマグをはめこむ場所ができて、コーヒーをそこに置いておこう。温かく、適切な温度を保ってくれる。It is safe and suitable to drink(飲むのに適切で安全です)。おセンチな気持ちになんて起こらないだろう。酸化は止められないので、味としては落ちるかもしれないけれど、冷めたままより幾分マシである。魔法瓶やポッドを使うという手もあるかもしれない。一口ずつ注げばよろしいのではなくて?セバスチャン。

 けれど、変わりたくないがために、終わりを迎えたくないが故にずうっと「そのままにしておいておく」という論理構造は、虚しい。 終わることを怖れるあまりに、動機と行動の原理が崩壊している。そのままにするためには、絶えず「そのままにしておいておくための努力」が必要だ。でも、僕はコーヒーを「変わらせたくない」わけではなくて、幸せでありたいのだ。どんな状態のものでも幸せを感じられると信じていたいのだ。コーヒーをずっと温めておく……という方法は、変わらない全てが存在するかもしれないが、ベストな状態だろうか?僕は決してそう思わない。恋は変わりたくないが故に努力をするのだろうか?違うはずだと、僕は思う。幸せな状態が続いてほしいから努力をするのだ。そのために何かを留めておくというのは、上手じゃない。

 確かに、魔法瓶やポッドのコーヒーは比較的幸せな状態かもしれない。温めなおすことも、尊い行為だろう。けれどあの陶器200ccにも満たない一杯の魅力には勝てないのだ。もうすぐ冷めてしまうであろう一杯を最後まで愛することを、僕はちゃんと行いたいのだ。

 

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