ゴジラの夢を見る 2018 12/20

  羽田から新千歳に帰る。準備はすぐに終わったけれど、本を三つ受け取ることができなかった。悲しい。朝、インターホンが鳴っていたのだろうか…ごめんよ、ズーズー弁のにいちゃん。

飛行機が飛ぶその前に今日の夢を細に思い出した。

それまでは、僕は空を飛んでいて、中学の鈴木先生と知り合いが僕を捕まえようとしていた。これぐらいしか思い出せなかった。

 


   僕らはそのとき、森の中にいて、でかいゴジラみたいなバケモノに襲われていた。なぜかは、やっぱりわからない。

   夢の僕らは切迫していた。ゴジラはでかいし、あたりは暗くて森に”もや“みたいなものがかかりはじめたからだ。それがゴジラから吹き出てきたものなのか、それとも全く別の自然現象なのかはわからないけれど、居心地の悪い不安は募って、早く逃げないとゴジラが僕たちを破壊する気がしていた。森はハリーポッターにでてくる「禁じられた森」に似ていた。僕はよくわからない言葉を口にする。オードリーヘップバーンの香水みたいだ。あれ、あの香水の名前はなんだっけ。思い出せ、思い出せ。ああ、はやく逃げなくては。緊張は思考をとばす。

   ゴジラは森をゆっくりと破壊していく。時間をかけて、ズルズルと尻尾を這わせる。活動的ではなかったが、それも時間の問題だろう。ガスみたいなものを噴出していて、その熱で木々が燃えていた。明るい炎がゴジラを照らす。僕のところからまだ遠いが、東京タワーぐらい大きく、もっともらしいポーズをしていた。木々で下半身が隠れていて、上半身だけがよく観察できる。

   観察の途中から僕の意識がゴジラにグググと近づき、視界を覆っていた森の木々がなくなった。印象的なスナップだけを現実のものとして認識してしまう、夢特有のあれだった。カシャ、カシャ、カシャ。ゴジラは胴体から上だけで破壊に満ちたポージングをする。そしてたまなにかが堪え切れなくなって、破壊をする。瞳だけはどこか違う宇宙をみているようだった。僕と決して目をあわせない。カシャ、カシャ、カシャ。スナップ写真の連続のようにゴジラは不規則な動きを続ける。

 そうやってしばらくゴジラに見入っていると、不意に彼を理解した。考えていることははっきりとわからない。わからないけれど、ゴジラはこの森を破壊したくないみたいだった。それだけはなぜかわかった。ゴジラの瞳はまだ宇宙をみていて、ボロボロ涙みたいなものがあふれだした。それはとても高温で、木々は涙と噴出口の熱と大きな脚から流れるマグマでボウボウと火を立てるが、それも彼の意思ではないのだった。

 ゴジラは破壊することを悲しんでいた。彼のエネルギーは暴走していた。行き場のないエネルギーで彼は吠えた、そして、木々は燃える(犬は吠える、キャラバンは進む)。レーザーみたいなものは出なかった。ただ苦しそうに、ゴジラは吠える。僕は呆然と眺めるしかない。真っ赤なオレンジ色が(こう表現するしかない)あたりを覆いつくすと、木々は悲鳴をあげた。そして、いたくてかなしいメロディで歌いだす。ソプラノが大気を包む。それでも破壊は止まらない。辺りはかなしさであふれていく。かなしさは急に弾けたりしないで、ゆっくりと流れていくしかないみたいだった。あふれていく。辺りを覆ったかなしみに、ゴジラはまた吠える。苦しそうだった声はいつのまにか震えていた。木々は悲鳴をあげながら彼に歌を歌う。

  あなたのせいじゃないわ。木々はゴジラにそれを伝えようとする。あなたは悪くないわ、心配しないで。私たちは恐れていない。土になっても、私たちは生きるの。あなたがたには難しいでしょうけど、きっとわかる日がくるよ。

  メラメラと燃えるオレンジ色は闇を明るくして、甘い杉の匂いがする。ハニートーストみたいな甘ったるい匂いだった。その匂いが合図で、僕はここにいてはいけないと思った。

 


 僕は泣きながら仲間のもとへ飛んだ。そう、僕はこのとき飛んでいた。たぶんゴジラに意識が接近した瞬間には飛んでいたのだ。仲間は僕がさっきまでゴジラをみていた場所に集まっていた。数は20人ほどだった。もうあんまり見たくもない顔たちばかりだ。1番先頭にいたのは中学校のバスケットボールの顧問で僕が大好きだった鈴木先生だった。

 ゴジラが!

 僕はなんて言っていいかわからずに、ただ叫んだ。彼のあふれたエネルギーは止めようがないので、逃げることが必要だった。

 逃げなくちゃ!ゴジラから離れないと!

 なぜか自分の声は聞こえない。すべては沈黙と遠くから響くゴジラの声に包まれている。僕はくりかえし訴える。

 危ないから逃げよう。まだここは”もや“と薄暗い木々が支配しているけれど、時間の問題だ。火と眩さとかなしみはそのうちここを覆うよ。逃げよう。反対側に。ずうっと遠くて、暗いどこかまで。

 彼らの表情は変わらない。さきほどまでの深いかなしみもここでは音を立てない。ゴジラとともにかなしんだ僕のココロは強く叫ぶけれど、声は聞こえない。燃えていない木々もここでは歌を歌わない。

  鈴木先生がなにかを僕に投げた。それはロープだった。ロープは軽くて、上手に飛んでこない。先生は先に重りをつけてもう一度飛ばした。僕がキャッチすると、彼は無表情でそれを手元に戻そうとする。僕は困惑した。こんなことしている場合じゃない。

 だれかが鈴木先生とコソコソと喋って、先生が小さくうなずく。そして、今度は僕の足を狙ってロープを投げた。僕の足にロープがグルグルと巻きついて、鈴木先生は僕を引きずり降ろそうとする。訳がわからないまま、僕は必死に抵抗した。僕は飛べなくなってしまうのが怖かった。仲間のあいつらとは一緒に行動したくなかった。僕はロープをちぎって、脱出した。ロープは囚人の重りみたいになって、足が少し重くなる。

 僕は気がついた。僕はゴジラの仲間になってしまったんだ。彼と一緒にかなしんだせいで、人間とは暮らせなくなったんだ。この世界はそういう決まりなんだ。  

 僕が自分の声がきこえないのは薄い”もや“ のせいらしかった。ここではすべてが薄暗くどんよりとしている。僕は鈴木先生から目を逸らして、ゴジラのほうを見た。とても明るくてまぶしかった。目を細めた。ゴジラは、僕たちと反対の方向へ少しずつ歩を進めていた。燃えさかる木のかなしい歌が聴こえる。その先にやがて海があることを、僕は知っていた。

 ぐちゃぐちゃなのは、そっちの世界だ。僕は暗い闇の森にむかって言った。声は聞こえない。ゴジラの世界はボロボロだけど、綺麗だった。僕は息を吸って、ゴジラのほうへ飛ぶ。木々が燃えて真夜中を照らし、どうしようもなく止まらないゴジラがいて、かなしみが全てを覆っている、あの世界へ。